You And Me

_ _ _ _ _ _ _ _ You And Me _ _ _ _ _ _ _ _

 数時間ぶりに戻る部屋は、どこか重苦しい空気を感じさせた。
 長い一日だった。
 今日という日も、あと数分で終わってしまう。
 こんな時はホッと心を和ませてから、明日に備えたいものだけれど・・・
 今日ばかりは、そういうわけにもいかないみたいだった。

「それで・・・私はどうすれば良い?」
「まずはその手の傷の消毒をしましょう。ぼく、救急箱取ってきますので、ラチェットさんは大人しく座っててください!」

 大河くんは、素早い判断で隣の部屋へ向かった。
 それにしても。
 私の怪我だって大したことない擦り傷だし、ましてや手の傷・・・
 大人しく座って待っている必要もないというのに。
 意外にも迅速な対応をする彼に、私は思わず呆然としてしまった。

「大人しく・・・ね」

 そういえば、隣の部屋はどうなってたっけ・・・
 ちゃんと片付けてあったかな・・・
 さっき飲んだアルコールが抜け切れていないせいか、あまり頭が回転しない。
 確か・・・何かあった気がするんだけど・・・何だっけ?
 今日のために何か・・・

「・・・いけないっ!」

 重大なことを思い出した私は、慌てて大河くんの向かった隣の部屋へ急いだ。
 なぜなら、今さら見せてもどうしようもないものがあるからだ。

「大河くん、あのっ・・・」
「ラチェットさんが急に帰ってしまった理由は・・・これですか?」

 大河くんの一言に、言葉が詰まる。
 テーブルの上にこれでもか!というくらいどっしりと存在しているそれに、彼の視線が向けられていた。
 見つかってしまった・・・
 この日のために数日前からプラムに教わって、こっそり1人で作った・・・バースデーケーキ。
 大河くんをお祝いしてあげたくて、私が作ったケーキ。
 『Happy Birthday!』とチョコレートのペンで書いた、少し不恰好なケーキ。
 だけど・・・あの時、昴にみんなでケーキを作ったという話を聞いて・・・何も言い出せなくなった。
 みんなと同じことを私が繰り返す必要はない・・・する意味がないと思ったから。
 私のやろうとしていたことは・・・私しか知らないこと。
 だから、何事もなかったように私が何も言わなければ・・・それで済むはずだった。
 それなのに・・・

「このケーキ、ぼくに・・・ですよね?」

 何も言えない。
 言おうとしても、言葉にならないのだ。
 胸の辺りが締め付けられるような感覚に陥る。
 このままでは・・・完全に・・・追い込まれてしまう・・・。

「ラチェットさん・・・やっぱり、ぼくの誕生日、忘れてたわけじゃないんですね」

 カチカチカチ・・・と時計の秒針の音が部屋中に響き渡る。
 ふと時計に目をやると・・・すでに夜中の12時を過ぎていた。
 結局、私が彼の誕生日を祝うことなく、8月20日は終わってしまったようだ。
 終わった。
 終わったんだ・・・。
 もう・・・終わっちゃったんだ・・・。
 途端に気が抜けて、私は壁にトンともたれ掛かった。
 大河くんの視線が、痛いほど強く感じる。
 そんな私の心情を察したのか、彼はにっこりと微笑んで口を開いた。

「このケーキ、ぼくが食べちゃっても良いですよね?」

 もう終わってしまったのに、何で今さらそんなことを言うの?
 やっと終わったのに・・・そんなの・・・ずるい・・・
 8月20日が終わってしまった今、この言葉を聞くことが出来るなんて思いもよらず・・・
 どう答えてよいのかも判断できないくらい、頭の中が真っ白になる。

「って、その前にまず、ラチェットさんの傷の手当てをしないと!」

 話の展開について行けず、呆然としてしまっている私・・・。
 そんな私に、彼は思い出したように手にしていた救急箱から消毒液などを取り出して、手早く処置をしてくれる。
 「大したことなくても、菌が入って悪化したら元も子もないですからね」と言いながら。
 彼の優しすぎる対応に、気が付くと私は思わず涙を流してしまっていた。
 瞬間、彼は慌ててその手を止める。

「す、すみません! 痛かったですか!?」
「ううん・・・そうじゃなくて・・・」

 私が一度諦めた『大河新次郎』という人物が・・・今、私だけのために優しく接してくれている。
 心のどこかでずっと引っかかって、どうしても頭から離れられなかったのは・・・
 ホントは・・・
 大河くんと2人で歩きたかった。
 大河くんと2人でショッピング街を見て回りたかった。
 大河くんと2人でディナーを楽しみたかった。
 そして・・・
 大河くんに私が作ったケーキを食べてもらいたかった。
 大河くんの誕生日をお祝いしたかった。
 彼の誕生日であるこの日だけは、上司ではなくてただ1人の人間『ラチェット・アルタイル』として接したかった。
 でも、私がそんなことを思わなくても、彼は私のことを気にかけてくれるし心配もしてくれた。
 誕生日という特別な日だけにこだわらなくても・・・彼は、ただの私を見てくれるのかもしれない。
 だから、タイムリミットはもう過ぎてしまったけれど・・・

「大河くん・・・誕生日、おめでとう・・・」

 ホントは当日のうちに言えていたら良かったのにね、と付け加える。

「ありがとうございます! すごく嬉しいです」
「日付変わっちゃったのに・・・?」
「そんなの関係無いですよ。ラチェットさんにお祝いしてもらえたことが、嬉しいんです」
「でも、私は・・・大河くんに余計な思いを・・・」
「嬉しいですよ、それもひっくるめて。だって、ぼくのことを思ってやってくれたことでしょ?」
「ん・・・」

 笑顔で答えてくれる彼に、改めて安心する。
 無かったことにしようと思ったのは問題だけれど、お祝いしようと思ったこと自体は間違いではなかった。
 ちゃんと・・・喜んでくれている・・・良かった・・・。
 念入りに消毒をした後、ちょっとした擦り傷にもかかわらず大河くんはガーゼを当てて包帯を巻き始める。

「包帯なんて大げさ。でも・・・怪我をしなかったら、このケーキは見つけてもらえなかったかも・・・ね」

 溢れ出る涙を空いている左手で拭いながら、私は思わず笑顔で答えた。
 確かに、大河くんとぶつかって怪我をしなかったら・・・消毒する必要もないわけで。
 救急箱を取りにこの部屋へ訪れることは愚か、もしかしたら部屋へも入って来なかったかもしれない。

「あはは・・・そうですね。・・・はい、終わり!」

 最後にテープで固定して、あっという間に処置が終わる。
 そして「ちょっと待ってて下さいね!」と言って、大河くんは大急ぎで救急箱を片付けた。
 次に、ちょっと大きめのフォークを手にして戻ってくる。

「さて、それでは、ラチェットさんの作ってくれたケーキ・・・いただきますっ!」
「あ、あの・・・」

 私が止める間もなく、大河くんはためらいもせずにプスリとフォークをさす。
 少し大きめにケーキを切り取ると、パクリと大きく開けた口にそのまま含んでしまった。

「・・・美味しいっ!!」

 目をキラキラと輝かせて、大河くんは喜びの表情を見せてくれる。
 それは、本当に嬉しいことこの上ないのだけど・・・

「普通は小皿に等分に切り分けてから食べるんだけど・・・1ホールまるごと食べる人、初めて見た・・・」
「えっ!? あー! ぼく、すごく行儀悪いっ!?」
「まぁ、たまにはそういうのもいいんじゃない? でも、逃げたりしないからそんなに慌てて食べなくても大丈夫」
「いや、でもほら、あやうく逃すところだったんですから! それにぼく・・・」

 もごもごと頬張りながら、「お昼以来何も食べてなかったんですよ」と続けて言った。
 お昼以来・・・ということは、かれこれ半日は何も口にしていないってこと?

「え・・・ちょっと待って。ケーキ・・・みんなが作ったケーキは? あれがあったから、私言い出せなかったのに・・・」
「んっ・・・あの、話せば長くなるんですけど、あの時ラチェットさん探さなきゃって思って・・・」
「せっかくのみんなの好意を無駄にしてしまったの!?」
「ち、違いますよぅ! みんな、ラチェットさんのことが心配で・・・探して話をした方が良いって言ってくれて・・・」

 次に口に運ぶ分をフォークで切り取りながら、彼は続けた。

「昴さんには、『人ひとりの心を繋ぎ止めておくこともできない大馬鹿者だ』って怒られちゃいましたから・・・」
「昴が? そんなことを?」

 はははっと苦笑いで、彼はまたケーキを一切れ口に含んだ。
 本当に美味しそうな顔をして、彼は私の作ったケーキを食べてくれる。
 そんな大河くんを見ていると、こちらまで思わず幸せ気分になってしまいそうだった。
 いけない、いけない・・・
 あやうく見惚れてしまいそうになる自分に気付き、我に返る。

「・・・あ。す、すみません、ぼくばっかり食べちゃって・・・」
「いいの。それは大河くんのケーキだもん」
「でもほら、よく言うじゃないですか、楽しいこととか嬉しいことは独り占めしちゃダメだ・・・って」

 「こういうの何て言ったっけ・・・」と、ケーキを切り取る手を一時停して呟く。
 一時してから、彼はその「何か」を思い出した様子で、再び口を開いた。

「んー・・・あ、そうだ、『幸せのお裾分け』だ!」
「幸せのお裾・・・わっ!?」

 不意打ちで、突然口の中に甘い香りが広がった。
 目の前には、大河くんが「お裾分けしちゃいました」と言いながら、満足げににっこりと微笑んでいる。

「こんな美味しいケーキ、ぼくが独り占めしたらもったいないですもん。ラチェットさんも一緒に食べてくださいよ!」
「んっ・・・な、何・・・」

 思いがけない彼の行動にあまりにも驚きすぎて、私は何が起こったのか把握するまで少し時間が掛かった。
 ほんの数秒前まで、フォークの先に存在していたはずのケーキの一切れが・・・
 気が付いた時には、もう私の口の中に。
 まさか、大河くんの手から食べさせてもらうなんて思いがけず・・・

「どうです? 美味しいでしょ?」
「え・・・ま、まぁ・・・」
「ラチェットさんと一緒だと、美味しさも倍増ですね!」
「そ、そんなこと・・・」
「悲しいことや辛いことは1人の負担を2人で分ければ少し軽くなるけど、幸せは分け合っても減らないんですよっ」

 そう言って、再び切り取られたケーキを乗せたフォークを、私の目の前に持ってきた。
 「ほら、口を開けて!」と言わんばかりに、彼自身が口を大きく開いて見せる。

「え? えっと、その・・・あー・・・んっ」

 戸惑いながらも、つられて思わず口を開けてしまう私。
 そうせざるを得ない雰囲気というか何というか・・・。
 そのケーキのひと欠片を口に含むと、彼は「あっ!」と思い出したように口を開いた。

「しばらくの間、食事の時ぼくが食べさせてあげましょうか?」

 なんて、とんでもないことを言い出す。

「だってほら、利き手・・・怪我させちゃったから」
「ダ、ダメよ!! こんなの全然大した怪我じゃないし・・・第一、そんな恥ずかしいこと・・・」
「周りに誰も居ない時なら良いでしょう? 今みたいに・・・」

 冗談話としか思えないのに、彼の表情はいたって真面目で。
 それで、結局・・・

「んもう・・・知らないっ」
「やった! それじゃ、決まりですね!」

 あっさりと私は負けた。
 彼の喜ぶ顔や真剣な顔、仕草の一つ一つに・・・いつしか、目で追わずにはいられなくなっていたのだ。
 もう私は・・・大河くんなしには生きていけないのかも・・・しれない。
 なんて、人のこと言えないくらいに大げさなことを考えてしまう自分が、ちょっと照れくさかった。
 でも、次に思う言葉は、冗談なんかじゃなく、大げさな話でもなく、本当のことだから・・・
 だから・・・いつか、ちゃんと気付いて・・・ね?


大河くん・・・大好き。




あとがき・・・というか、いいわけ。
はい、大河誕生日に向けて7月末ぐらいから手を付けていたにもかかわらず、公開するのがすっかり出遅れました(^^;
そして、前半痛い上に無駄に長くてすみませんm(_ _ )m
このまま公開を来年に持ち越そうかとも思ったのですが、その時に読み返したらきっと駄文すぎて恐らくアップできないだろうと思い、1ヶ月以上も出遅れた状態ながらも今回アップさせていただきました(^^;
「今頃遅ぇよ!」なんて言わないでやってください・・・これでも公開するの一応迷ったんですぅ(>x<;
はい、その他ダメ出しならいくらでも受け付けますから(笑)。
この後、ついで(?)の番外編も、どうか読んでやってくださいまし。
でわ!(脱兎)