You And Me

_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ R a t c h e t_

「今日、この後何か予定ある?」

 一日の終わり。
 唐突に私は大河くんに誘いを掛けてしまった。
 いえ、本当は・・・唐突でも思い付きでも何となくでも何でもないのだけれど・・・。
 大河くんは、何の疑いもなく「何もないですよ?」と爽やかな笑顔で答える。

「じゃ、じゃあ・・・ちょっと付き合ってもらえる?」
「あ、買い物ですか?」
「買い物とは違うんだけど・・・ちょっと」

 ホントはね・・・と心の中で呟く。
 今日は8月20日。
 大河くんの誕生日。
 だから、個人的にお祝いをしてあげたいと思い、数日前からちょっとした計画を・・・立てていたのだ。

「新次郎!!」

 その時、ジェミニの声が聞こえる。
 私たちが振り向くと、そこにはみんなが勢ぞろいしていた。

「新次郎、今からちょっと楽屋に来てくれるかな?」
「楽屋に? あ、ラチェットさん、ちょっと待っててくださいね!」

 そう言って、大河くんは私の返事を耳にする前に、ジェミニたちに連れられて楽屋へと行ってしまった。
 楽屋に・・・一体何が?
 もし、見えるとすれば・・・たぶん今の私の顔には、はっきりとそう書いてあるに違いない。
 そんな表情を読み取られたのか、その場に留まっていた昴とサジータがご丁寧にも説明付けてくれる。

「今日は大河の誕生日なんだ。だから、みんなでケーキを作ったんだよ、ラチェット」
「リカのヤツなんてさぁ、作ってるそばからつまみ食いばっかで、そりゃもう大変だったよ」

 大河くんの誕生日にケーキを・・・。
 ふぅん・・・そっか、みんなも知ってるんだ。
 今日が大河くんの誕生日だってこと。

「さあ、ほら、ラチェットも来なよ。新次郎を祝ってやろう?」
「みんなも待ってる」

 なんで・・・
 私は、1人で大河くんをお祝いする気になっていたのに。
 どうすれば・・・
 この場合、私はどうすべきなの?

「・・・ごめん、今日は疲れてるから・・・もう帰るわ」

 気が付くとそう呟いて、私は楽屋に背を向けていた。

「疲れてる・・・って、年に一度の祝い事なんだよ? それを疲れてるからだなんて・・・」
「もう良いよ、サジータ。大河は待っていて欲しいようなことを言っていたみたいだけど、それはどうするんだい?」
「たぶん・・・気のせいでしょ。少なくとも私には聞こえなかったわ。それじゃあね・・・昴、サジータ」
「おい! ちょっとラチェット!」

 サジータの呼び止める声にも耳を傾けず、なんとなく重い気持ちを引き摺ったまま私はシアターを後にする。
 本当なら・・・
 大河くんと一緒に並んで歩いて・・・
 ちょっとの間、ウィンドウショッピングをして・・・
 ディナーは予約してあったお店で楽しんで・・・
 その後は・・・
 ・・・はぁ。
 今そんなことを考えたって、実行できるわけでもないのに。
 もしかして、みんなと一緒にお祝いしてあげなかった私は・・・
 普段、人を信じる心や協調する心が大事だなんて言っている、この私が・・・
 らしからぬ態度を見せ、らしからぬ行動をとっているというの?
 でも・・・
 大河くんごめんね、私は・・・
_T a i g a_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

「うわ・・・真っ暗だ。・・・あれっ? でも楽屋の電気なら、昨日変えたばっかりだよ?」
「違うよ、もう・・・新次郎ったら・・・」

ぼくはジェミニたちに連れられて、楽屋に来ていた。  
背後では、リカとダイアナさんが何だかコソコソとやり取りしている声がする。  
どうやら、少し遅れてサジータさんと昴さんもやって来た様子だった。  

「それじゃ・・・行きますよ?」

ダイアナさんの合図で、真っ暗だった楽屋内が一部分だけほんのりと明るくなる。  
あ・・・これは・・・  

「じゃーん! しんじろー! よろこべー、ケーキだぞ!」

真っ赤なイチゴと真っ白いクリームで飾られたケーキに、暖かいロウソクの火がゆらゆらと輝いている。  
この光景は、もしかして・・・  
サジータさんの指を鳴らす音でリズムを取り、みんながアカペラで歌ってくれる。  
さり気なく、ぼくの名前を含んで・・・  

「ほら、新次郎! 火、消して消して!」
「あ、うん・・・」

ジェミニに促されて、ぼくは勢い良くロウソクの火を吹き消した。  
瞬間、パァンッ!というクラッカーの軽い音が鳴り、そして明かりがつけられる。  

「新次郎、ハッピーバースデー!!」
「おめでとー、しんじろー!」
「大河さん、お誕生日おめでとうございます」
「ハッピーバースデー! 新次郎!」
「おめでとう、大河!」

みんな、手を叩いて喜んでいた。  
ぼくは・・・心からみんなに祝福されているんだ・・・。  
そう思ったら、目頭がじんわりと熱くなる。  

「みんな・・・ありがとう・・・」

まさか、自分の誕生日を忘れてしまっていたわけではないけれど・・・  
こうやってみんなに祝ってもらえるなんて思ってなかったので、涙が出るほど嬉しく思った。  

「しんじろー、リカ、早くケーキ食べたい!!」

しかし、せっかくの感動も・・・リカの一言で爆笑に変わってしまった。  

「あはは・・・良いよ、みんなで食べようか、リカ」

ぼくがそう言うと、リカは「やったー!」と大喜びで、ケーキを等分するダイアナさんを急かした。  
そうだ・・・みんなでケーキを食べるんだったら・・・  
そう思って辺りを見渡したけど、ラチェットさんは来ていなかった。  
もしかして・・・入り口で待たせたまま!?  
思い出したぼくは、隣にいた昴さんに声を掛けてからラチェットさんを呼びに行くことにした。  

「あの・・・ぼく、ラチェットさん呼んできます!」
「大河、彼女なら・・・」

昴さんが答えようとすると、サジータさんが上乗せするように言葉を発した。  

「ラチェットなら帰ったよ。あのさ、もしかしたら新次郎・・・ラチェットに嫌われてるんじゃないの? それも、相当」
「は!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 嫌われてるって・・・ど、どうしてそんなこと言えるんですかっ!?」

絶対にそんなハズはない。  
だって、この後ちょっと付き合って欲しい・・・って、ラチェットさんの方から誘われたんだもの・・・  
なんで・・・そんな・・・  

「サジータ、余計な話はややこしくなるだけだ」
「だって、疲れてるからって普通帰る? 誕生日なんて1年に1度しか来ないのにさぁ。だからよっぽど・・・」
「サジータ!」

サジータさんを止める昴さんの声に、一同はビクッと驚いた。  
当の本人サジータさんは、そんな昴さんの声にびっくりしすぎたのか、固まったまま動かない。  

「・・・すまない、場の空気を乱したようだ」

一体何がどうなっているのか・・・  
ぼくは、頭の中を整理しようとしたけど、余計に混乱するだけだった。  
何か聞き返したいと思っても、言葉が出てこない。  
そんなぼくに呆れたのか、昴さんは頭を抱えて息を吐いた。  

「大河・・・もしかしたら、今君が居るべきなのは、ここではないどこか・・・かもしれないね」

昴さんがぽつりと呟いた。  
ここではないどこか・・・  
それは・・・  

「・・・君はまだわからないのかい?」
「昴さん・・・あの・・・」
「そうか・・・君はラチェットよりも僕たちの作ったケーキの方が大事なんだね?」
「え・・・」

冷たい表情で、昴さんは続ける。  
ジェミニたちは、お皿に切り分けたケーキを手にしたまま唖然としていた。  

「同じ事を何度も言わせるな。君は、1人の人間の気持ちを考えることもせずに、ままごとに付き合うつもりなのか!」
「ま、ままごとって何だよ! 昴、あんた・・・」
「サジータもサジータだ。無神経すぎるにもほどがある」
「何だって!?」
「ラチェットが、疲れたというだけでこういうことに参加しない人間じゃないことくらいわかるだろう」
「だったら何で最初に新次郎に言ってやらないんだよ! 昴だって、一緒になって祝ってたじゃないか!」
「それは! 大河が・・・」

昴さんの言葉は、そこで止まった。  
ジェミニとリカ、ダイアナさんの3人は、昴さんたちのやり取りにおろおろしてしまっている。  
ぼくはぼくで・・・話が複雑すぎて、思考が全然追いつけないでいた。  

「あ・・・あの・・・ラチェットさんが、どうかしたんですか?」

恐る恐るジェミニが問う。  
すると昴さんは再び眉根にシワをよせて口を開いた。  

「この大河新次郎という人間は、人ひとりの心を繋ぎ止めておくこともできない大馬鹿者だよ!」

吐き捨てるようにそう言って、昴さんは楽屋から出て行く。  
そんな光景を目にしてか、リカが涙を浮かべながら無意識のうちにケーキを口に運んでいる。  

「んだよ・・・昴のヤツ・・・」

そしてサジータさんもまた、「シラけた」と呟いて去っていった。  
楽屋内には、気まずい雰囲気だけが残る。  

「あの・・・新次郎?」
「・・・ゴメン、せっかくみんなでお祝いしてくれたのに・・・」
「うん・・・ボクたちのことよりも・・・」
「大河さんは・・・大丈夫ですか?」

ジェミニもダイアナさんも、心配そうに声を掛けてくれる。  
この、たった数分という短い時の間に、ぼくは一体何をしてしまったのだろうか。  
昴さんを・・・あんなにまで怒らせてしまうような・・・何を? 
そして・・・  
ラチェットさんの方から誘ってくれたにもかかわらず、何も言わずに先に帰ってしまった理由。  
それ以前に、ラチェットさんはどういう気持ちで帰ってしまったのか。  
誘ってくれたのに、ぼくが待たせてしまったので怒って帰ってしまったのか・・・  
やっぱり、ぼくなんかじゃ役に立たないと気が変わったので帰ってしまったのか・・・  
それとも他の何か?  
昴さんが言った言葉を思い出す。  
今居るべきなのは、ここではない・・・  
1人の人間の気持ちを考えることもせずに・・・  
人ひとりの心を繋ぎ止めておくこともできない・・・  
それは、すべてぼくに向けられた言葉。  
そして、その先にはラチェットさんが・・・  

「みんな、ゴメン! ぼく、やっぱりラチェットさんに・・・」
「うん、そうだね。その方が良いみたい」
「あとは私たちでなんとかしますので、大河さんはラチェットさんとちゃんとお話してきてください」

そう言って、2人とも笑顔でぼくを送り出してくれた。  
そうだ・・・ラチェットさんと会って、しっかりと話をしなくちゃ!  
ぼくは急いでシアターを飛び出した・・・