| 嘘、偽り、本音。 |
かえでは先日までアイリスの看病をしていて、風邪が感染してしまった。 彼女は、昼間は自分のなすべき仕事をいつも通りこなし、それが終わると自室に倒れこむように床に伏せるのだった。 「はぁ・・・無事に一日が終わったわ・・・やっと。明日がまた辛いから早く寝なきゃ・・・」 寝る支度をする手が、おぼつかない様子で宙をあおぐ。 それでもかえではなんとか着替えを済ませてベッドに横になった。 彼は今、どこにいるのだろう・・・彼女はふとそんなことを思ってしまう。 助けが欲しい肝心な時に限って、そう都合よく現れてはくれないものである。 「・・・ばかばかしい・・・なんで加山くんのことなんか・・・」 自分の咄嗟的な感情に肯定できずにいた。 確かに彼は自分のことを好きでいてくれているんだと感じてはいる・・・
でも、私は・・・ 「・・・はぁ・・・わからない」 身体の不調か、不安定な気持ちに溜め息がでてしまう。 「・・・早く風邪を治さなければ・・・これから先、支障が出てしまうわ・・・」 その時、ドアをノックする音が聞こえた。 「加山です。あの・・・ちょっとお話したいことがあるんですが・・・」 突然の加山の来訪に、かえでは一瞬戸惑った。 すでに着替えも済ませていたし、何よりもまず・・・ちょうど彼のことを考えていたところだったからである。 しかし結果的には話を断ることにした。 時間的にも身体的にも、かえでには話ができる状況ではないと判断したからだ。 「・・・ごめんなさい。もう夜は遅いし・・・また今度にしてくれないかしら・・・」 「あ・・・そうですか。わかりました、また明日伺います。あの・・・お体、お大事に。それじゃ・・・」 予想外の返事に、かえでは言葉を失った。 自分が体調を崩していることを彼は知っていたのだ。 他のみんなだって、何も気が付いていなかったというのに。 違う。そうじゃないのよ・・・
その時、かえでは気付いたのだ。 『構って欲しい』と思っていたのは彼ではなくて、本当は自分だったということ。 自分に対しての彼の行動が・・・その状況が・・・いつも楽しかった。 だからいつも私は彼を待っていた。 彼を待っている自分が好きだった。 そう思った瞬間、かえではドアノブに手をかけていた。 「待って・・・少しだけなら・・・」 ゆっくりとドアを開ける。 彼の姿を確認すると、かえでは安心のため息を漏らした。 「あ、やっぱり調査報告、聞いてくれますか?」 「え? 調査って・・・何の?」 「まぁまぁまぁ、良いじゃないですかぁ〜。それじゃ、失礼しますよ?」 そう言って加山は足早に部屋へ入りドアを閉めると、スッとかえでとの距離を詰めてきた。 「な、何?」 「まず初めに、『藤枝かえで女史は、先のアイリス嬢看病の際に風邪をうつされた』ようです・・・っと」 加山は何の前触れも無くかえでを抱き上げる。 「ちょ、ちょっと・・・何するの!? お、下ろしなさい」 「そして・・・第二に、『そんな状態にもかかわらず、仕事の消化は通常通り』・・・いや、いつも以上かな?」 かえでの言葉など聞かず、彼はそのままベッドに運んだ。 何か言おうものなら、上乗せするかのように言葉で遮られてしまう。 「だから・・・」 「第三、『したがって、誰もあなたが風邪をひいているなどとは気付いていない』。まぁ、俺は気付いてましたけど」 「・・・で、何が言いたいの?」 「まぁ、本当は様子見程度で失礼するつもりだったんですけどね・・・」 と言いながら、ベッドに横たわるかえでの上へ影を作る。 「この辺で風邪をうつされておくのも良いかな〜と思いまして・・・」 かえでが「何!?」と聞き返す間も無く、加山はその口を自身の唇で塞いでしまった。 「はンッ・・・ん・・・」 抵抗のために振り上げられた腕は、熱のためにその意味を果たさず・・・彼の体に添えられるだけだった。 触れるだけの口付けで一頻り体温を感じ取ると、加山は頭を抱えてひとつため息を吐いた。 「なんでそんなに無理しちゃってるんですかねぇ・・・こんなに熱があって起き上がってるのも辛いでしょうに」 「だって・・・自分の健康管理が行き届いてなかっただけだもの・・・自業自得だわ。それに・・・」 かえでは、加山から視線を逸らすように背を向けて話を続ける。 「あの子たちには・・・余計な心配、させたくないの・・・」 「ま、その気持ちも分からないでもないですけど・・・でもね・・・」 目の前に、程よく筋肉のついた彼の腕が伸びる。 キシッ・・・と、二人分の重みを受けてベッドが僅かに軋んだ。 「俺が心配してるってこと、忘れないで下さいよ・・・」 加山はかえでの耳元で囁く。 再び唇を奪われるのかと思ったかえでは、思いきり目を閉じて肩を小さく震わせた。 「なん・・・で・・・」 「はぁ・・・そんな顔しないで下さいよ。これじゃまるで、俺がいじめてるみたいじゃないですか」 かえでは思わず瞳を潤ます。 加山はそんな彼女を見て、ばつの悪そうな表情で何も言わずかえでの髪を撫でた。 「でも・・・だって・・・怒ってるのかと・・・」 「別に怒ってるワケでは・・・これでも優しくしてるつもりなんですけど・・・」 「そう・・・なの?」 途切れ途切れに会話を交わしながら、かえでの額に手を当てて改めて体温を測る。 それは、彼女の振る舞いからは予想もできないくらいに、とても熱い温度を感じ取った。 加山の一言で落ち着きを取り戻すと、かえではその手を取り微笑んでそっと自分の頬に摺り寄せる。 「この手ね・・・すごく安心する・・・」 「・・・そうですか? この手で良ければ、いつでもお貸ししますよ」 「ありがと・・・。もしかしたら私・・・この手を待っていたのかもしれない・・・」 かえでがそう呟くと、加山はフッと微笑んで彼女の額に軽く口付けを落とす。 「あなたに必要とされているなんて、嬉しいですよ・・・すごく」 「いつも・・・頼りにしてるじゃない・・・」 「仕事抜きで、ですよ。・・・ねぇ、もう一度キスして良いですか?」 「だっ・・・むンっ・・・!?」 加山は、彼女に返事を言わせる前に唇を塞いでしまう。 病床のかえでに抵抗できる力があるはずも無く・・・かろうじて振り上げたその手は、加山の上着の袖を頼りなげに掴んだ。 薄く開いた唇に舌を滑り込ませ、彼女の舌を絡め取る。 拒絶でもされるかと思った加山だったが、かえでは控えめにそれに答えていった。 「・・・ぁ・・・っふ・・・んっ・・・」 鼻にかかったような熱く甘い吐息が漏れる。 しばらくその行為の心地良さに浸っていると、かえでの手がフッと力が抜けたようにベッドの上に落ちた。 それに気付くと、加山は慌てて唇を引き離す。 「ぅ・・・はぁ・・・」 はぁはぁと、息を吐くたびに体が大きく揺れる。 瞳を潤ませさらに熱っぽい表情で、なかなか整わない呼吸を落ち着かせようとしていた。 「しまった・・・」 「全然・・・優しくない・・・じゃない・・・」 「すみません・・・」 謝りながら、加山はそろそろと覆いかぶさっていたかえでのベッドから降りる。 自分のせいで呼吸を荒げさせてしまった・・・と、自らの行為にしばし反省の色を噛み締めた。 「うそよ。別に・・・怒ってないわ・・・。でも、なんで?」 「あ・・・それはその・・・今日のあなたが・・・」 いつも以上に艶っぽい表情を見せるからだとか・・・ いつも以上に甘い声を出すからだとか・・・ そんな状態をまざまざと見せられて、箍が外れかかったとか・・・ 全ては彼女の熱のおかげ・・・いや、熱のせいなわけで。 そのようなことは、例え本音であっても決して言えまいと、加山は口を噤んだ。 「そうね・・・私・・・なんだか今日は・・・おかしい・・・」 「・・・それだけ熱があれば、無理もないですよ」 「半分は・・・あなたのせい・・・でしょ・・・」 「それはそうですけど・・・」 「ん・・・だからこのまま・・・少し寝かせて・・・ね・・・」 かえではそう言うと、再び加山の手を取り・・・そして静かにスゥーっと寝息を立て始めた。 彼女の不意な甘えに「参ったな・・・」と呟いて、空いている手で毛布を掛け直してやる。 おやすみなさい・・・かえでさん・・・
そして、繋がれたその手に優しく口付けた。 おわり
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あとがきというか、いいわけ。 なんかもう全てが古すぎて明らかにアレなんですが(何せ5,6年ほど前に書いたヤツなので・・・)。 確かコレ、『ばか』ネタの第2弾として書いた気がします。 昔の(加筆修正前の)ファイルを見たら、ラストは ・・・でも、『なんとかは風邪をひかない』・・・って・・・まぁ、いっか。 っていうかえでさんのモノローグで終わってたし(笑)。 いや、そんなんで良いのかよ!!・・・って、数年経った今読み返してそう思った(^^; |