| PROMISE 〜あたたかい雪〜 |
長い廊下を一人の女性が颯爽と歩いている。 彼女は・・・右分けのつややかなセミロングの髪を静かに揺らし、青いパンプスの足は急ぐ。 体にぴったりとしたモスグリーン色のスーツ・・・タイトスカートは、足が急ぐたびに膝のあたりでまとわりつく。 彼女は、とある部屋の前で立ち止まった。 右手に持っていた何かの資料を左手に持ち替え、そのドアを軽くノックする。 コンコン・・・ 「米田長官。藤枝かえで、入ります・・・」 彼女の名前は・・・藤枝かえで。 たぐいまれな、東洋人離れをした美女である。 実は彼女はこの帝国華撃団の副指令なのだ。 その部屋は、一般に『支配人室』と呼ばれている。 支配人・・・それは帝撃総司令長官・米田一基中将の表の顔だった。 「ああ、かえでくんか」 「失礼します・・・」 後ろ手にドアを閉める。 さっそくかえでが資料を手渡すと、米田は受け取ってしばらくはその資料に黙々と目を通していた。 「そうか・・・」 ふと、米田はつぶやいた。 「・・・どうか・・・しましたか?」 急に表情の変わった米田に、かえでは疑問の表情で問う。 「いや・・・時が経つのも早いなぁ・・・と思ってな」 そう言って窓の外を・・・冬の淡い空を眺めながら、米田は憂いにひたる。
『そう・・・今日はあやめ姉さんの・・・命日だわ・・・』
あやめ・・・それは、先の帝国華撃団・副指令、藤枝あやめのこと。 かえでの言う通り、あやめとの関係は姉妹・・・である。 あやめは、以前の大戦で惜しくも命を絶つという形になってしまったのだ。 「かえでくん・・・君は・・・」 「私なら・・・大丈夫ですよ、米田長官」 米田は、あやめの二の舞にならないように・・・と、かえでを心配しているのだった。 しかしかえでは、その言葉をしっかりと受け止め、やさしい笑顔で答えた。 支配人室のドアを静かに閉めると、ゆっくりまぶたを閉じ、ひとつため息をつく。 『私は・・・あやめ姉さんの変わりでしかないのかしら・・・』
ふと、そんな事が脳裏をよぎる。 少し寂しくなったような気がして、むなしい笑みがこぼれる。 「何か悩み事ですか?」 ・・・と、その時、かえでの背後に一人の男性が姿を現す。 彼は、意外な一面を見られてしまって振り返らないかえでに、軽く声をかけた。 「あ、そうだ・・・もしこれからヒマだったら、お茶でもしません? あ・・・でもこの時間だったら酒の方がいいんだろうか・・・」 ふざけているように見えるが、一応、彼は彼なりにかえでのことを気遣っているのだった。 しかしかえでは、そんな彼の気遣いにも耳を傾けない。 「・・・悪いけど報告書がまだ途中だから・・・」 「そうですか・・・それじゃ、終わるまで待ってます」 彼はにこやかに言う。 いや、それが彼の持ち味なのかもしれない。 それとは逆に、かえでは心持ち常時より冷たい態度で受け答える。 「・・・好きにして・・・」 「はい。じゃ、待たせてもらいます。・・・っと・・・ここ、この中庭で待ってますから!」 そう言って彼はかえでの後ろ姿を見送った。 かえでは自室に戻った。 ここは以前、藤枝あやめが使用していた部屋である。 しかし、今はそんな面影すらまったく見られないくらいに変わってしまっていた。 ただ、ふたりの違いをあげるとすれば・・・軍服以外のときには、着物を着ていたあやめが和風好みなのに対して、かえでは洋風好みだ・・・ということである。 すなわち、あやめが使用していた時は畳敷きの純和風な部屋であり、かえでの部屋として使われている今はフローリングの床にベッドが置かれている・・・というような洋風なつくりになってしまっているのだ。 しかしそれは、かえでが外国暮らしが長かった・・・という話を聞けば納得がいくことだろう。 かえでは、ついたての奥にあるベッドに身をゆだねる。 ちょっと考え事をするくらいのつもりだったのだが、知らず知らずのうちにウトウトと眠ってしまった・・・ 夢を見た。 少女の頃の思い出。 何もしらなかったあの頃の思い出。こんな結果になるとは思いもしなかったあの頃のこと。 あやめとかえでの二人は『藤枝』という名前から、姉妹でありながらあまり生活を共にすることがなかったという。 だが、それがかえって姉妹間を深めるのだった。 「かえでは大人になったら何になりたいの?」 「大人に・・・なったら?」 「どこかの殿方とお見合いして、結婚をして、普通の幸せを迎えたい?」 「え・・・っと・・・姉さまは? あやめ姉さまは?」 少し考えるが、やっぱり答えは出せなかったらしく、かえではあやめに問いかける。 「私は違うわ・・・誰かのために何かをしたい・・・助けたい・・・って、ちょっと格好つけすぎたかな・・・」 自分の言ったことに少し照れた様子で、あやめは恥ずかしそうに笑った。 「そんなことないよっ! ・・・でもね、かえでにも夢があるの・・・」 「夢? どんな夢?」 「笑わない? 絶対に笑わないでね?」 「うん、わかったわ。話して」 「あの・・・ね、かえでは大人になったらあやめ姉さまと一緒にお仕事がしたいの・・・今までほとんど一緒に暮らしたことがなくて、でもかえではあやめ姉さまが大好きで・・・それで・・・それで・・・だから、お仕事一緒にできるようになったらいつも一緒にいられるでしょ?」 「えっ!?」 かえでの意外な発言にあやめは驚く。 そしてその後、かえでの表情がわずかばかり暗くなったように見えた。 「・・・でもそのためにはいっぱい勉強して・・・あやめ姉さまみたいに強くならなきゃいけなくて・・・とてもとても時間がかかるかもしれないの・・・」 「ありがとう、かえで。どんなに時間がかかってもいい、私はかえでと一緒に仕事ができるのをずっと待ってるから・・・」 「ホント!? 約束してくれる!?」 喜びの笑顔で問うかえでに、やさしく微笑みうなずくあやめだった・・・ どのくらいの時間眠ってしまったのだろうか・・・ふと時計に目をやると、刻は深夜の二時をまわっていた。 「・・・夢・・・か。・・・約束・・・待ってる? ・・・あっ!」 そうつぶやいて、急に何かを思い出してかえでは自室を飛び出した・・・ 午前二時すぎ・・・帝都中の明かりはほとんど消され、月明かりだけがまぶしく光る。 かえでは、中庭に急ぐ。 先ほど、なんとなくで約束をしてしまったことを思い出したのだ。 「・・・私が来るのが遅いから・・・もう・・・待ってなんかいない・・・私が遅いから・・・」 誰もいない静まり返った中庭に、ぽつんと置かれた白いベンチにかえでは急に力が抜けたようにドサッと腰をおろす。 「・・・私が遅いから・・・あやめ姉さんも・・・」 寒さに白い息をはきながら、かえでは満月の光を見上げる。 何もできないでいた無力な自分に、ただ、ため息をつくだけだった。 「私はなぜここに来たの・・・? 気がついたら、こうして姉さんの『代わり』を演じている・・・だけど今さら・・・姉さんがいない今は・・・ここにいるイミは無い・・・」 追い続けていた姉の姿を突然見失ってしまい、いつまでも彼女に追いつけない自分に、そして今、その姉の代わりとなっていた自分に嫌気がさす。 「それは違うんじゃないんですか?」 えっ?・・・と振り向くかえで。 その視線の先には彼がいた。 あの時、約束をかわした彼である。 「『ここにいるイミが無い』と言うのなら、今までしてきたことすべてが無意味だったことになるんじゃないのですか?」 「加山・・・くん・・・?」 白いスーツに真っ赤なシャツ、そして一風変わったデザインのネクタイを締めている。 彼の名は加山雄一。 彼は、帝国華撃団・花組隊長である大神一郎少尉の旧友だと言う。 そんな彼もまた、帝国華撃団に携わる人間の一人だった。 「俺は・・・前の副指令とはあまり面識がなかったから、どんなに偉大な人間だったかは分からないけれど・・・俺は好きじゃないな、あなたが今の仕事に彼女の『代わり』を演じていると言うのなら・・・」 そう言いながら、加山はかえでの横に座った。 少しだけ隙間を空けて・・・。 その、たった数センチの隙間が、彼にとって精一杯の心遣いなのである。 寒空の下に、さらに上乗せするかのように緊迫したムードがたちこめる。 「・・・ちがう! わ・・・私は・・・」 大きく首を振る。 かえでは痛い胸のうちを探られたようで、悲痛の表情を見せた。 「・・・私が姉さんの代わりになれる筈がないじゃない・・・私ができたのは、姉さんを追いつづけることだけ・・・。私は姉さんに追いつけるように・・・って必死で勉強したわ・・・たとえ辛くて苦しくても、今をがんばって乗り越えれば、いつか姉さんと一緒に仕事ができる。姉さんを追いつづけることが、私の夢だったのよ・・・だから・・・私に姉さんの代わりになんてなれる筈がないの・・・」 改めてあやめの存在の偉大さに気付く。 まぶしいくらいに輝く月を遠く見つめながら、かえでは淡い吐息をもらした。 「・・・さっきね、米田長官に言われたの。今日があやめ姉さんの命日だから・・・私までいなくなってしまわないか・・・って。本当は嬉しいの、そう言って心配してくれる人がいるっていうのは。けれど・・・私は姉さんのように偉大な人間じゃない。だから、かえって心配されると心苦しくなるのよ・・・姉さんに申し訳ないような気がして・・・」 苦痛をこらえきれずに、かえでは頭を抱えてしまう。 なんとなく、涙を流していたようにも思えた。 時折り肩が震える。 そして、かえでの発言に加山は・・・ 「それは違うと思うな・・・あなたが『藤枝あやめ』さんの妹だから・・・ではなくて、みんながあなたのことを好きだと思うから心配するんじゃないんですか?」 かえでの震えが止まる。 「あなたは『藤枝かえで』です。『藤枝あやめ』じゃない。たとえ、血を分けた姉妹でも、まったく同じ人物になるなんてできない。そうじゃないんですか?」 うつむいた口から言葉が発せられる。 「・・・私は・・・あやめ姉さんじゃない。・・・なのに・・・なのにみんなは私をあやめ姉さんの妹として何かを求めていたわ・・・。期待されればされるほど・・・すごく辛かった・・・。私に姉さんを求めても無理なのよ・・・だって私は・・・」 いつも、何もかも自分一人で考え、そして実行してきた。 それは、強く憧れていたあやめに少しでも近づこうと思う心からの行動であった。 しかしその考えが必ずしも正解だったわけではなかった。 時に、他人に頼りたい・・・すがりたいと思っても周囲には誰も居ない・・・支えてくれる人が誰も居ない・・・孤独なのである。 今まで心のどこかで『孤独』という名の星を背負っていた。 誰にも頼ることができずに・・・ それは『姉』を追い求めるままに生きたかえでの宿命だったのか・・・ しかし今は違う。 たった一人でも自分を深く理解してくれる人間が・・・強く支えてくれる人間がいてくれる・・・ そんな嬉しさから、かえでの目から涙があふれ出る。 「そうだ、あなたはかえでさんだ。・・・だからもっと『かえでさんらしく』してください。自分らしくていいんですよ。精一杯『藤枝かえで』として生きてください。そして、辛くなった時は自分一人でその思いを抱え込まないで・・・せめて俺だけには・・・」 うつむいていた顔を上げると、加山の笑顔がとてつもなく暖かく、そして優しかった。 「ありがとう・・・加山くん・・・」 いつも心の奥であやふやだった自分の気持ちに、今ようやく終止符が打たれる。 心の思うまま加山に打ち明けたせいか、今はとても気が落ち着いている。 そして、いつしかかえでの顔には笑顔が戻っていた。 「・・・ところで、こんな時に何ですが・・・この前の話、考えてくれました?」 加山はついで事のように、かえでに問う。 しかし、うまい具合にはぐらかされてしまった。 「こ・・・この前の話・・・って? ・・・あ・・・雪だわ・・・」 ふと空を見上げると、ふわっとしたやわらかい雪が降り始めていた。 手に雪を受けとめると、すぐに手の中ですぅっと溶けて消えた。 「不思議よね・・・こんなに雪が降ってきたのに、全然寒くないわ・・・ううん、むしろ暖かいの・・・心が暖かいの。すごく気持ちが良い・・・」 はじめは「はぐらかされた!」と渋い顔をしていた加山だったが、たった今ひとときだけしか見せないかもしれない、幸せそうな笑顔のかえでを見ていると、いつのまにか彼自身も笑顔に満ちてくる。 「・・・今日、たった今から本当の『藤枝かえで』になるから・・・それでも私を想ってくれるなら・・・その時は・・・」 「その時は、俺とかえでさんが主演の『白雪姫』を新公演でやるんですっ!」 「・・・で、なんで『白雪姫』なの? 児童劇・・・」 「いや、だって・・・『白雪姫の眠り』を覚ますには、ちゅぅ〜って・・・」 「あ・・・あのねぇ・・・加山くんったら・・・うふふ・・・」 まだまだ続く長い夜に、月明りのスポットライトを浴びて、そしてやわらかな雪の花吹雪・・・観客は誰も居ない・・・二人だけの公演。 けれど二人には、観客がいなくても幸せだった。 『白雪姫の眠りを覚ますために、王子は姫にキスをしたのです。』
これからは、何もかも自分一人で背負う必要はない。 支えてくれる人がいてくれるから・・・ 「加山くん・・・本当にありがとう・・・嬉しかった・・・」 おわり
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