風のように・・・

 酒で火照った体温を、冷たい石の壁と床にあずけながら、ふと右手をかざした。
 淡い光を放ちながら紋章はポゥッとその存在を主張する。

「・・・サイアリーズ様?」

 数分前からこの状態でいるあたしに、目の前の男は静かに声を掛けてきた。
 そうだ、あんたを呼びつけたのはあたしの方だったね。
 さっきから、小さく風を起こしては浮かび上がる紋章の形を確かめていたあたしを・・・あんたはどんな目で見ていたんだろう。
 相性がそこそこ良いという紋章師の薦めで宿した風の紋章。
 別にこれで誰かを傷付けるつもりも無かったし、宿しておいて損をするというわけでも無かったので、今まではこれといって気にも留めてこなかった。
 だけど、今はそうじゃない。
 ソルファレナを追われて生き延びなければならないと言われた時から、自分を守るため、人を守るために、どうしても使わざるを得ない状況になってしまった。

「ごめん・・・あたしは、ホントはまどろっこしいのは嫌いなんだけどさ・・・」

 風の紋章は・・・本当にあたしによく似てるね。
 攻撃と回復を備えた使い勝手の良い万能な紋章だと言われてはいるけど、要はどっちつかずで。
 普段は突っぱねてるクセに、どうしようもない時にだけ縋ろうとするのは・・・ホントに都合の良い女だ。

「サイアリーズ様・・・そんなトコで座ってると、体が冷えちゃいますよ?」

 何の用で呼ばれたのかなんて問おうともせず、いつものようにあんたはそんな優しい声を発する。
 いつも優しいのはあんたで・・・いつも中途半端なのはあたしだ。

「立てない・・・起こして・・・」

 酒に酔った勢いで甘えてみても、そうそう都合良くコトが進むわけは無い。
 あたしがふいに呟いた言葉にも、あんたは「あー・・・」と一言だけ発してその先を言い留めた。
 わかってるよ・・・これだけ懐かれてても、思い切ったことなんて決してやらない主義のあんた。
 だからこそあたしはあんたに信頼を置いてるわけだし・・・それに・・・

「ごめん・・・嘘だよ、1人で立てる」

 微かな期待も抱いちゃいけないんだって・・・言い聞かせて、思い留めて。
 気だるい体をゆっくりと起こし、あんたと向き合うようにしてあたしは立ち上がった。
 だけどさ・・・だけど・・・「もう用は済んだから帰って良いよ」なんて・・・やっぱり言えないよ。

「ごめん・・・あたしはさ・・・」

 自分が今どんな顔をしてるかなんて、もうそんなことを考える余裕は無かった。
 あんたが何気ない言葉を発するだけで、あんたが側にいるだけで、あたしの心は癒されて。
 それ以上のものを求めるつもりも無かったんだけど。

「サイアリーズ様・・・さっきから謝ってばっかりですよ?」

 だけどやっぱりあんたの声を聞いたら・・・そんな思いも惑わされて、狂わされて、どうしようもなくて。

「そうだね、でも・・・ごめん、今日だけ・・・今日だけだからさ・・・」

 そう言いながら無意識に伸びた手はあんたの背中に回り・・・そしてあたしはその胸に顔を埋めた。
 あんたは何も言わず、ただその状況に身を任せている。
 別に「抱きしめてくれ」だなんて無理なお願いはするつもりは無いから、安心して良いよ。
 ただ、あんたと過ごしたこの時を・・・何があっても忘れないように、その胸に深く刻んでおきたいだけ。
 きっとそれは、あんたを悩ませることになるのかもしれない。
 だけど・・・もうそんな必要は無いよ。
 もうすぐあたしは、風のようにあんたの前から消えてやるからさ。
 憎んでも良い、憎まれたって良いから・・・今だけは、気まぐれなあたしを許して。
 そして、こんな身勝手な人間が居たことくらいは覚えていて・・・。
 だから・・・

「ごめんね・・・カイル・・・」

END


あとがき
新女王親征前夜あたりを想定。
なんつーか・・・やっぱカイサイって、書いてて泣きそうになるワタシ・・・。
とりあえずは、彼らを裏切る(私としてはそうは思いたくないのだけど)決心をしなくちゃならないという焦りの中に、カイルという1人の男の存在で気持ちが不安定になったサイアリーズの心情というか。
他の誰よりもカイルとの決別に重きを置き、その最後の時だけ都合が良くてゴメンねって話ですよ(謎)。
ちなみに、文中でサイアの言う「あんたが側にいるだけで、あたしの心は癒されて」っていうのは・・・紛れもなくカイルの初期装備で宿している水の紋章を意識してます・・・超癒し系(笑)。